A Tribute to ELLIOTT CARTER



エリオット・カーターの生涯を巡るピアノ作品

V   結びに代えて

 「私が詩を書く時、全てが直感的であるから、私は無知である」とは、1953年にカーター自身がレクチャーの中で自分の理想とする音楽を語る際に引用したウイリアム・バットラー・イェイツ William Butler Yeats (1865-1939) の言葉である。実にその半世紀後、彼の音楽はその理想の境 地に辿り着いたのではないだろうか。中期最後のナイトファンタジーの分厚いテクスチャーと複雑 なリズムとハーモニーが織りなす音の絢は、何千枚ものスケッチを書き溜め、暗闇を手で探るようにして作曲していったカーターのストイックで妥協を許さない姿を想像させた。そしてその妥協を許さない、断固として風習に捉われない作品は高く評価されたのであるが、時としてそういった作は聴衆を聴衆の枠の向こうに押し出し、観察者の立場に置くことになった。ところが 90歳以降 の後期の作品から受ける印象は、キラキラと光り、聴衆の心を虜にするような透明感に溢れている。 しかしこれは彼の音楽に対する姿勢が変わったためではなく、それまでの彼の音楽を見つめ直すことによって、新しい境地に入って行ったためである。後期の音楽の中で、カーターはそれまでの彼の音楽の表現要素の一つであった異なった要素を対立させることから、異なった要素を融合させ対 話をさせることに視点を移した。すなわち彼の理想とする多くの個性が関連し共鳴し合う世の中 を無為の境地に立ち表現したのであった。103歳現役でこの世を去ったエッリオット・カーターの最期の作品の数々からは、まだまだ前進を続けたかったであろう心の内が聴こえるのである。
 


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